、恰《まる》で女房かなんかのような気がするでしょうよ。馬鹿々々しい!』
『エミちゃんは、どうしてそうロマンティストになり切れないのかなあ。』
『背負《しょっ》ちゃ駄目よ。――それよりか、ちょいと水族館でも覗いて見ないこと?』エミ子は、ぶすぶす云っている雄吉君を連れて水族館へ入りました。水族館にも、文太郎組の姿は見かけられませんでした。
 亀の子、泳いでいる大|章魚《だこ》、あなご、ごんずい……大して面白い見せ物ではありません。併し、あの物凄い『猫鮫』だけは当館第一の怪物です。雄吉君は、長いことその前に立ち止っていました。『猫鮫』みたいな醜怪なる化物を、この世で初めて、エミ子もお雄坊も見せつけられたのです。
 あれを眺めた者は、誰だって覚えずにはいられない本能的憎悪を、雄吉君は人一倍にしつこく、強く感じたらしかったのです。
『畜生、一つブン殴ってやり度いな。ステッキを持って来なかったのが何より手ぬかりだった。』と、彼はいたく口惜しがりました。
『ほんとに憎らしいこと。家のブン大将が怒った時とそっくり……』
『てへッ。何とか仰有られたようですな。』
 雄吉君は、到頭我慢がなり兼ねたと見えて
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