、足もとに転がっていた砂利の一番大きそうなのを拾うと、いきなり猫ザメめがけて投げつけました。けれども怪物はビクともしないで、却って、ニヤリと笑ったとも思えるような工合に白い鋭い歯をのぞかせて、あぶくを二つ三つ噴き出してみせた位です。
『お止しなさい。雄ちゃん、見つかると叱られてよ。』
 エミ子は雄吉君を止めました。
 ところが、それでもきかずに、猶《なお》幾度か化物の折檻をこころみている中に、雄吉君はつい誤って、小石を硝子枠にぶつっけてガチャン! と、大きな硝子を一枚破ってしまったのです。番人が仰天して、遠くの方から馳けつけて来て、雄吉君を取り抑えました。それでエミ子は、さんざん詫びた末、五円の弁償金を代りに払ってやりました。そうしてほうほう[#「ほうほう」に傍点]の体で逃げ出さなければなりませんでした。
 再び桟橋を渡って、片瀬から今度は鵠沼の方へ続く寂しい海岸を暫らく見て廻ったのですが、これもやっぱり甲斐ないことでした。エミ子は、何とも云えない遣るせない気持になって、また泣けて来そうでした。お雄坊の前なんかで不覚の泪を流すのは辛かったので、それに陽ざしもそろそろ赤くなって来ていたし
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