ないか!』とヘンリイ卿は云った。『併し彼女が舞台に現われさえすれば、あなたはすべてを忘れてしまいます。』とドリアンは云った。『どんな不作法な見物人達も悉く鳴りを静めておとなしく彼女に見とれるのです。そして彼女は、自分の思うままに、見物人を泣かせもし、笑わせもするのです。』十五分の後に遂にシビル・ヴェンはわれるばかりの喝采と共に舞台にその姿を現わした。
如何にも彼女は今迄見たどんな女よりも美しい――とヘンリイ卿は思った。――が、それにしても、何と云う拙い芸なのであろう。こんな冷淡なジュリエットがまことあるであろうか。彼女はロメオを見ても少しも悦ばし気ではなかった。彼女の声は良いには違いなかったが、全く調子を外していた。ドリアンの顔色は真蒼になった。
ああ、このおどろくべき失態は一体どうしたと云うのだろう。彼女は病気なのかも知れない。見物人は総立ちとなって、床を踏み、口笛を吹き鳴した。
ヘンリイ卿とハルワアドとは堪えかねて、ドリアンを残したまま、先に帰って行った。
8
ドリアンの心臓は無残に引き裂かれた。彼は最後の幕が降りるや否や楽屋へ走り込んだ。
娘は彼を待っていた。『ね
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