心と争った。彼は取るにも足らない良心の脅迫を軽蔑したかった。朗らかに晴れて松の香の漲った冬の或る朝、彼は久し振りで馬を駆って狩猟の仲間に加った。空気は香り高く、森は赤と鳶色の光に輝き、勢子《せこ》のどよめき、鋭い銃声は新鮮な自由の歓びに充ち溢れていた。ドリアンは気も軽々とモンマウス公爵夫人の弟のジョフレイと並んで進んだ。
突然彼等の前方二十|碼《ヤード》程のところの草むらが揺れたかと思うと、一匹の黒い耳の兎が飛び出した。ジョフレイは素早く銃を肩に当てがってそれを覗った。『待ち給え!』と我ともなくドリアンは叫んだ。だが既に遅かった。二つの叫び声が聞えた。兎のそれと、凄じい人間の悲鳴とであった。
19[#「19」は縦中横]
ジョフレイ氏に依って撃ち殺されたのは他ならぬジェームス・ヴェンであった。ドリアンはそれと知って身を慄わした。ドリアンは倫敦を去って静かな田舎にかくれた。そこの小さな宿屋の一室に籠って、新しい生涯の第一歩を踏み出し度かった。ドリアンは美しい村娘のヘテイと恋に落ちた。彼女はまるでシビル・ヴェンの如くに優しく愛らしかった。ドリアンは真実ヘテイを愛した。到頭二人は或る
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