日林檎の畑の中で明日の夜明けに手をとりあって村から逃げ出す約束までした。併し、ドリアンは娘の身の幸せを考えて娘を置きざりにしたままひそかに倫敦へ帰った。『……僕は彼女を矢張り何時までも花の如き娘として残して置き度かったのだ。』とドリアンはその話をヘンリイ卿に打ち明けた。
『物語風の動機が君に悦びを与えただけの話だね。』とヘンリイ卿は笑った。『君の生活改善なるものも甚だ怪しい次第さ。彼女は君の善き忠告に依って無残に胸を引き裂かれたことだろう。』『そんな莫迦な! 勿論彼女は泣いた。併し彼女は汚れてはいない。彼女はペルデイタの如くに彼女の花園で薄荷と金仙花の間で生活することが出来る……』
『ふっ、何と云う君は子供だろう。その娘はやがて馬車曳きか百姓と結婚して、そして君から教えられた通りに彼女の夫を欺き、立派な生涯を送ることに違いあるまい。……それはそうと、ベエシルの失踪とそれからあのキャンベル君自殺事件を知っているかね?』

 20[#「20」は縦中横]

 過去ったことはどうなるものでもない。自分自身と未来について考えなければならぬ。ジェームス・ヴェンはセルビイの墓地に名も知られずに葬られ
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