のお蔭よ。』女はけたたましい声で笑った。『小僧っ子だって? 冗談じゃないよ。プリンス・チャーミングが妾をこんな目に遭せてからざっと、もう十八年からになるんだからね。』『嘘を吐け!』とジェームスは叫んだ。『神様かけて!』『誓うのか?』『誓うともさ。』彼は凄じい唸声と共に街角へ走った。併し夙にドリアンの姿は暗にまぎれて消えていた。そして後を振り返った時には女の姿もまた消え失せていた。
18[#「18」は縦中横]
それから一週間程して、ドリアンはセルビイ・ロイヤルの植物室で、そこの硝子窓に白い手巾《ハンカチ》の如くに貼りついて彼を瞶めているジェームス・ヴェンの顔を見出して気を失って倒れた。それ以来ドリアンはことごとに怯かされた。彼は終日部屋に身をひそめていた。風の動く壁掛の影にも戦《おのの》いた。眼を閉じさえすれば、霧に曇った硝子窓から覗き込む水夫の顔を見た。云い知れぬ恐怖が彼の心臓をつかんだ。その上また彼が犯した血塗れの罪悪は暗い部屋の隅から絶えず彼に呼びかけ、彼を嘲笑い、そして氷のような指で彼の眠りを揺り起した。彼は蒼ざめ、果は狂気の如くに泣いた。併し彼は強いて覚束なくなりかけた
前へ
次へ
全26ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング