の心にそんな冷めたい疑いをさしはさめる程の余裕なぞ与えなかったのだもの。私はすっかり同情してしまって、その子に一円のお金を貸してやった。するとその子は非常に喜んでね。そうしてそのお礼にと云って、持っていた伊太利《イタリー》革の手提の中から一本のネクタイピンを――とり出すと、私がどんなに断っても、自分の手で私のネクタイにさしてくれると云い張って聞かないのだ。私はそれで為方なく、(何と云う無邪気な面白い子なのだろう……)と笑い乍ら、どうせそんな年のいかない女の子が持っているのだから、二十銭位のおもちゃかも知れないそのピンをさして貰うために、腰を屈めて首を差し出した。ところが、どうだろう。女の子はピンをさし終えるが早いか、突然いやに冷めたい手で私の両耳にぶら下がると、私の唇に接吻して、どんどん暗やみの方へ逃げて行ってしまったではないか。私は呆気に取られて茫然としていた。……ところが、それから暫くして気が付いたのだが、私はその女の子のためにふところの紙入を掏られていた。つまり、一本のネクタイピンと素早いキスの代価をうまうまと支払わせられたわけになるのだね。……が、それはそう企んだ先方のとんだ見
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