面喰った様子で、井深君の顔とそのネクタイピンをば見くらべた。
「去年の春だよ。或る日、日が暮れたばかりでね、私はやっぱり銀座通りを散歩していた……」と井深君は両手の指を膝の上でくみ合せ乍らストオヴの方へ向いたまま話しはじめた。
「何時ものように、一っぺん新橋の橋の袂迄行き尽して、また引き返そうとした時だった。私はふとあすこの博品館の横手の薄暗がりの中に、ぼんやり立って、どうやら泣いているらしい恰度君位の背恰好の女の子の姿を見出したのだ。身形はと云うと、お河童で橙色のジャケツを着て――つまり、君の今のなりと同じようなのだね。悪く思っちゃいけないよ。大して変った風と云うわけじゃなし、同じ身形の人が一人や二人いたって、ちっとも不思議はないさ。――で、ともかく私はその女の子のそばへ行ってきいてみた。女の子はやっぱり泣いていた。そして、姉さんと一緒に銀座迄買物に来たのだが、はぐれてしまって、電車賃もないし、家へ帰れない――とこう云うのだ。……なぜ妙な顔をするのだね? そりゃあ、無論その女の子は嘘を吐いたのさ。併し、私はその時はそれを嘘だと思わなかった。その泣き乍ら物を云う様子は、どうしたって、私
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