ら笑って見せたのである。井深君はそれを見ると一層ひどく可哀相になった。
「私が上げたくて上げるのだから、へんな風に遠慮なんかするものではないよ。ね、取ってお置き。」
「嫌。あたし、ほんとに要らないんですもの。……まあ、あなた! とてもいいネクタイピンをしていらっしゃるわね。」
娘は両手を肩に当てた儘、その肱をテーブルの上につき乍ら井深君の胸に目をつけてふとそんなくっ着かない事を云った。
「これかい?――」
「ええ。ダイヤモンドでしょう。あなた、なかなかおしゃれね。」
「――そんな事はどうだっていいじゃないか。それよりも早くこのお金をおしまいなさい。」
「嫌。あたし、そんなに沢山嫌よ。下さるのなら五円でいいの。」
「強情っぱりだね。けれども私だってもっと強情っぱりだ。どうしても取らなけりゃ承知しないよ。――なぜと云って、これには私としてみれば立派な理由《わけ》があるのだからね……」そう云って、井深君は急に真面目な顔をした。
「理由?」
「うん。……君は今、私のタイピンの事を云ったね。このタイピンがその理由なのだ。まあ聞きたまえ。面白い話なのだから……」
「え、聞かして――」娘もちょっと
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