」
「まあ。」
「あなた方は如何だったんです?」
「たった一日恋人だったの。スケート場の宿屋で泊ったのよ。その話は御存知なんでしょう?」
「Bは何とも云いませんでした。」
「フィギュアをやってる時、あの人と衝突して、あたし仰向に倒れて気絶しちゃったの。そうして、介抱して貰ったの。あの人は、とても親切にしてくれましたわ。でも今考えてみると、その女があたしじゃなくてよかったのですわ。」
「何故ですか?」
「だって、あの人、近頃ではあたしの性分があんまり好きじゃなさそうなんですもの。Aの奥さんみたいになれって、毎日あたしを叱るのよ。」
「そりゃあ好かった。家の女房ならば、Bの為事《しごと》の助手位はやるでしょう。何しろ、自然科学にかけては、僕の十倍も詳しいと云う女ですからね。」
「あたしは頭脳が悪いから駄目。――あたし、いっそBと別れちまおうかしら。……」
Bの細君は、そこで大きな溜息を吐いたが、Aは何とも返事をしなかったので、ちょっと両肩をすくめると、口笛を鳴らしはじめる。
折から通りかかったタクシーを、Aがステッキを上げて停めた。
家へ帰ると、Aの細君は寝室の水色の覆《シェード》を
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