あなた御一緒して下さらなくて?」
 Aは多少極まり悪そうだったが、切符を無駄にするのは勿体ないと云うので、お供をすることにした。
「本当は僕だって、切符を買うつもりだったんですが、女房がちっとも賛成してくれないもんだから……」
 Aは、いそいそと上衣を着換えると、細君へ一言書き残した紙片を茶卓の上へ置いて出かけた。
 帝劇の終演《はね》が思いの外早かったので、彼等はお濠ばたを、椽の並木のある公園の方へ散歩した。アアチ・ライトの中の青い梢が霧に濡れていた。誰も彼等と行交わなかった。彼等はお互の腕を組み合わせて歩いた。
「他人が見たら、御夫婦と思うでしょうね。」と云ってBの細君が笑った。
「僕の女房は、こんな風にして歩きませんよ。」
 Aは、そう答えて、振り返った拍子に、彼女の耳飾りを下げた耳の香水を嗅いで、胸を唆られた。
「おとなしくて、いい奥さんね。あなた、随分長いこと愛していらしゃったんでしょう。」
「ええ、子供の時分から知ってたんです。」
「その間、ちっとも浮気をなさらなかったの?」
「勿論、僕は、ひどく何て云うか、ガール・シャイとでも云うんですかね、他の女はみんな怖かったんです。
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