二人の男女は少しも悪い容体にならずに、現世《このよ》に存《ながら》えている。Aは到頭我慢が出来なくなって、もう一度薬を飲むことにした。併し、三錠目は壜の中にパラフィン紙がつまっていて、なかなか出て来なかった。マッチの棒を使って漸くパラフィン紙ごと出してみると、今度は白い錠剤だった。
「これが本物らしい。屹度、さっきのは解毒剤だったのかも知れませんね。」と男が云った。
 女は白い錠剤を手の掌に載せて眺めていたが、やがて長い溜息と一緒に首を振った。
「ここにアスピリンと書いてあってよ――」
 こころみに噛んで味ってみる迄もなく、なる程アスピリンに違いなかった。Aは偶と、パラフィン紙の皺を伸ばしてみた。すると、それには鉛筆でこう書いてあった。
「――刃物、縊死、鉄道往生、その他いろいろ自殺の方法を、このあまりに感情的だった動物は考え出した。だが、まあ、君たちが飲んだ亜刺此亜《アラビヤ》風の薬の効き目はあらたかだったに違いないと信ずる。……さあ、直ぐに君たちの祝福された住居へ帰って来たまえ。(ねつさましなど飲む必要はないよ。)」

 4

 半信半疑の気持で、二人が帰ってみると、先に帰っていた
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