情な頤を波の上につき出して進んで行った。Aは実際は、それ程水練に熟練していなかったので、間もなく手足に水の冷たさが堪《こた》えた。そして、だんだん草臥れて、息が乱れて来るのがわかった。だが、弱音を吐かずに我慢しなければならなかった。初めの中こそ二人並んでいたのだが、直きにBは可なりの距離を残してAの先に立った。決して、蒼ざめ果て顔を引歪めているAの方を振り返って見なかった。Aはその中に、幾度か塩水を飲み込んで噎せた。そして到頭、右の脚をこむら[#「こむら」に傍点]返りさせて、ぶくぶく沈みはじめた。
Aの叫び声を聞いて、たちまちBは引き返して来ると、浪の下にもみこまれているAの腕を危く掴まえて浮んだ。そして折よく近くにい合せた小舟に救い上げてもらった……
Aが、宿屋の床の中で、はっきり吾に返った時、枕元について看護していたのは、Bの細君一人だけだった。
「僕は、どうして助かったのですか?」
「Bが助けました。」
「…………」
「Bは大へん心配していました。あなたに、人のいないところで泳ぎながら、あのお話をするつもりだったのですって。」
「うちの女房はどうしたでしょう?」
「奥さんは何
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