て、娘はイワンに温い接吻をしました。
 イワンの兄は、不思議なことにも、それから幾日経っても、幾月経っても幾十年経っても再び姿を現わしませんでした。そこで、イワンは改めてそこの邸の主となって、愛しい妻と共に何不自由なく仕合せな日を送ることが出来ました。
 …………
 ところでさて、イワンの兄は一体どうなってしまったのでしょうか。
 自分の花嫁と鍵とを取り換えることの出来たイワンの兄は、その鍵で早速箪笥の中に蔵ってあった銀の小箱を開けて見ました。だが中には、ただ一本細い綱を束ねたものが入っているきりでした。その結びめのところに小さな紙片が挾んであって、それに次のような言葉が書きつけてありました。
(窖の北の隅の床石を持ち上げて、その裏についている鉤にこの綱を通して地の底へ降りて行きなさい。そこにお前の安楽な半生が準備してあります。)
 イワンの兄は、いよいよ宝の穴を掘り当てたような気持で、その紙片の教える通りを実行しました。もう何十年もの昔から使ったことのない古い窖へ忍び込んで、そこの北の隅の埃だらけの重たい床石をやっと持ち上げてみました。すると果して、その裏側に手頃の鉤がついていたので
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