5

 その晩、イワンと娘との盛んな結婚式が挙げられました。――どうしたものか、一家の主であるにも拘らず、イワンの兄は弟の晴れの祝宴に姿を見せようともしませんでした。
 娘は何時の間にか、花婿が変ってしまっているのに、おどろきました。
『あなた、あたしを本当に愛して下すって?』と娘はイワンに訊きました。
『神さまに誓ってもいいよ――』
 イワンは、生れてない感動に我を忘れて、そう叫びました。
『そう。でも、あなたのお兄さんは、何故あたしに嘘をついたのかしら?――』
『嘘をついたのじゃないよ。誰よりも優しい親切な兄さんだもの!』
 イワンは周章《あわて》て、自分の鍵の話を花嫁に仔細に物語って聞かせました。
 すると娘は怒ってみるみる顔色を変えました。
『あなたに引きかえて、あなたの兄さんは、山羊の裘《けごろも》を被った狼です。そして、可哀相にあなたは、あたしのために、折角お父さんが遺して行って下された大切な「行末」を失くしておしまいになったのね。……でも、安心していらっしゃい。あたしが、必ずその銀の小箱の代りに、あなたに楽しい「行末」をこしらえて差し上げますから……』
 そう云っ
前へ 次へ
全10ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング