あの人は誰だろうか?』
『兄さんのお嫁さんさ。』
『それで家の人になったのだね――』
『そうだよ。』
イワンは、そんな綺麗な女の人と一つの屋根の下に住んでいられることを思うと、胸が躍りました。
イワンは併し、娘の姿に見|恍《と》れているうちに、だんだんせつなくなりました。
イワンは、娘の頭の先から足の先迄に、恋をしてしまったのです。
イワンは、到頭思い切って云いました。
『兄さん。兄さんはお嫁さんと、僕の銀の箱の鍵とでは、どっちが余計欲しいと思う?――』
『なぜ、そんな事を云い出したのだ?』とイワンの兄は、喫驚《びっくり》してきき返しました。
『僕は兄さんが、金貨や畑なんかではなく、あのお嫁さんと鍵とを取り換えてくれればいいと思うのだけれど。』
『それは本当のことかい? イワンや!』
『本当だとも!』
『よろしい。兄弟同志の事だもの。ちっとも遠慮なぞしなくてもいい。お嫁さんは、どうせどっちかに一人いれば済むのだから、兄さんはお前さえよければ、喜んで取換えてあげようよ。』
イワンは胸から、あんなに大切にして肌身につけていた銀の小箱の鍵をとって、惜しげもなく兄に渡してしまいました
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