、それへ銀の小箱の中に入っていた綱をひっかけて、轟く胸をおさえながら、そろそろと地の底へ降りて行きました。ところが、あらかじめ仕掛けがしてあったのでしょう。綱はプツリと音を立てて切れました。呀ッと[#「呀ッと」は底本では「※[#「口+(一/牙)」、101−17]ッと」]云うとイワンの兄は忽ち深い深い穴の底へ落ち込みましたがうまい工合に大そう柔いベッドがすっぽりと体を受けとめて呉れました。その穴の何処か一番高い天井の辺から明るい日の光が洩れてくるようにつくられてあったので、そのベッドが未だ新らしい却々《なかなか》上等なものであることが判りました。
イワンの兄は、どうやら其処が宝の蔵ではなさそうなのに気がついて、うろたえて、探し廻りました。穴の中にあったすべてのものは、そのベッドの他に、物々しいパンの山とそして幾十樽かの葡萄酒とでした。
考え深い父親が、馬鹿な息子の身を案じて工夫した食うに困らぬ安楽な「行末」とは、ただそれだけのことでした。
決して他人に邪魔されぬような場所を、わざわざ択《えら》んで設けた程のものでしたから、またその中でどのように叫び立てたとて、それが万が一にも誰かの
前へ
次へ
全10ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング