まったように、こう云うのでありました。
『イワンや、金貨一袋とこの鍵とを取り換えてはくれまいか。』
『金貨一袋だって?――でも、だめだよ。』とイワンは答えました。
『畑も半分上げよう。』
『だめだよ。』
『屋敷を半分上げてもいいのだよ。』
『だめ、だめ!……』イワンはひどく困ってしまうのでした。『お父さんが死ぬ時に誰にもこの鍵をやってはいけないと云ったんだもの。』
『本当にそうだっけ!……いいよ、いいよ、大切にしてしまってお置き。』
だが、兄は毎晩々々必ず同じ言葉を繰り返してイワンを弱らせました。
3
イワンの兄は、イワンが寝てしまってから、イワンなぞの知らない悪い仲間と一緒に夜遊びに行って、夜明けになって帰って来ました。
ある夜のこと、もうじき噎っぽい朝に近かったのですが、イワンの兄は、遊園地の裏の青い瓦斯灯の下に、夜通し夜露に濡れながら立っていた娘を見つけました。娘は、けばけばしい色の新しい靴下を穿いて、それを使い古したリボンで結いて留めていましたが、娘は孤《みな》し児で暮しに困ったため、その晩はじめてそんな処に立ったのでした。それだから、娘の姿は野菊の花のように哀れで
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