眼をおさまし。仕立屋が二人お揃の縞羅紗の散歩服を届けてくれたよ。今日はそれを着て遊園地にでも遊びに行こうではないか……』
 朝ならば、イワンの兄はそんな事を云って、寝坊なイワンを起こしてくれました。
 信心深いイワンは安息日の礼拝に出席するのを怠るようなことはなかったとしても、その他の日は、一日爐ばたに寝そべって独将棋をしたり、遊園地へ行って観覧車に乗ったり、さもなければ二階の窓から遠方の嶺に雪の積っている山を眺めたりして、気儘に暮すばかりでありました。
 父親が生きていた時は、父親は馬鹿な息子の身を案じて、そんな風なイワンを時々叱ることがあったけれども、イワンの兄は何時も何時も優しい笑顔を見せてくれました。
 イワンは兄の親切に満足して、少しの苦労もありませんでした。
 晩になって、晩御飯がすむとイワンは直ぐに眠くなりました。すると、イワンの兄はイワンに寝仕度をさせながら云いました。
『お休みよ、イワン。楽しい夢を見たらば、憶えていて、明日の朝兄さんにも聞かしておくれ。――』
 イワンの兄は、裸になったイワンの胸から三角に細い銀鎖を引っぱってその端にさがっている銀の鍵を見ると、さて決
前へ 次へ
全10ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング