手な者だな、と、俺はつく/″\思つた。得手勝手と云ふ事は、欲目と云ふ事だ。贔負目《ひいきめ》と云ふ事だ。贔負目と云ふのは、善い事が悪う見えたり、悪い事が善く見えたりする事だ。自分がえらく思へたり、露西亜が自分で強く見えたり、月が太陽より大きく見えたり、星が笑つて居る様子に見えたり、菫が泣いてる様に思つたり、昼よりも夜が明るく見えたり、西瓜が幽霊と思へたり、汽車よりも自動車が早い様に思へたりするのも、皆、此の得手勝手から生ずるのだと思へば、得手勝手も、中々詩的な物だと、俺は一人考へて居たのであつた。
扨、こんな様子で、俺は二三日、四番室で遊んで居たが、目に見えて感心したのは、此の四人だ。そりや中々悪口もつくし、悪戯もするが、もと/\悪気が有つてゞは無いので、其中のいゝ事は、まるで一心同体だ。起きるのも諸共、騒ぐのも諸共、甘い物を喰ふ時も諸共、寝るのも諸共、俺もつく/″\羨ましい位であつた。話しは、中々これ位な事ではない。併し、随分長話をした様であつたが、少しは君等には解つたかい」と、これで四年目の先生の話は終つたのであつた。「いやどーも大したもので」と、実は俺も内心此奴の経験の複雑なの
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