きあがる紫紺《しこん》のつばさ、
思ひにふける女鳥《をんなどり》はよろめいた。
まつさをな鉤《かぎ》をひらめかし、
とほくたましひの宿をさそふ女鳥《をんなどり》、
もやもやとしたなやましいおまへの言葉の好ましさ、
しろい月のやうにわたしのからだをとりまくおまへのことば、
霧のこい夏の夜《よ》のけむりのやうに、
つよくつよくからみつく香《にほひ》のことばは、
わたしのからだにしなしな[#「しなしな」に傍点]とふるへついてゐる。


  香料の墓場

けむりのなかに、
霧のなかに、
うれひをなげすてる香料の墓場、
幻想をはらむ香料の墓場、
その墓場には鳥の生《い》き羽《ばね》のやうに亡骸《なきがら》の言葉がにほつてゐる。
香料の肌のぬくみ、
香料の骨のきしめき、
香料の息のときめき、
香料のうぶ毛のなまめき、
香料の物言ひぶりのあだつぽさ、
香料の身振りのながしめ、
香料の髪のふくらみ、
香料の眼にたまる有情《うじやう》の涙、
雨のやうにとつぷりと濡れた香料の墓場から、
いろめくさまざまの姿はあらはれ、
すたれゆく生物《いきもの》のほのほはもえたち、
出家した女の移り香をただよはせ、
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