い舌をぬるぬるとして物語つた。
この犬は、
その身にゆつくりとしたねずみいろの僧衣《そうい》をつけてゐた。
犬がながい舌をだして話しかけるとき、
ゆるやかな僧衣のすそは閑子鳥《かんこどり》のはねのやうにぱたぱたした。
あかい あかい 火のやうな空のわらひ顔、
僧衣の犬はひとこゑもほえないで黙つてゐた。


  手の色の相

手の相は暴風雨《あらし》のきざはしのまへに、
しづかに物語りをはじめる。
赤はうひごと、
黄はよろこびごと、
紫は知らぬ運動の転回、
青は希望のはなれるかたち、
さうして銀と黒との手の色は、
いつはりのない狂気の道すぢを語る。
空にかけのぼるのは銀とひわ色のまざつた色、
あぢさゐ色のぼやけた手は扉にたつ黄金の王者、
ふかくくぼんだ手のひらに、
星かげのやうなまだらを持つのは死の予言、
栗色の馬の毛のやうな艶《つや》つぽい手は、
あたらしい偽善《ぎぜん》に耽る人である。
ああ、
どこからともなくわたしをおびやかす
ふるへをののく青銅の鐘のこゑ。


  鈴蘭の香料

みどりのくものなかにすむ魚《うを》のあしおと、
過去のとびらに名残の接吻《ベエゼ》をするみだれ髪、

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