A昼の香水でもなく、夜の香水でもなく、夕暮のなか風のなかに、又は、うまい紅茶のけぶるサロンのなかに使用する香水だ。
勿論、香水の表情の把握は、人によつて違ふだらう。しかし人人の把握するその香水の表情の諸相は、たとひ違ひがあつたとしても、その諸相を一貫するものは等しいのだ。
だから、香水の表情把握は香水に対する単なる嗅覚的見地から一歩深入りして、香水のかもしだす幻想美をひきだすからだ。
それ故、香水の表情をさぐるには、先づその香水の香気におぼれ沈んで、さて自己の感情の扇であふぐことだ。そして、どんな幻想が浮びあがるかをこころみるのだ。そして、浮び出た幻想をみつめるのだ。
さうして行くことによつて、初めは、その香水の表情の起す単純色の幻想から、複雑な幻想のシンフオニイーの愛好に入り更に青色美の持つ幻想の「ゆらめき」、「ほのめき」、「かすけさ」にひたるやうになる。けれど、まだパリジアンの香水愛好の高さには及ばないだらう。
香水は、音楽と等しく幻想の芸術だ。次から次へと移りながら、消えてゆく音《おん》を捉へると同様に、散りゆく香気の翅を捉へて動きゆく、重なりゆく、高まりゆく、流れゆく
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