だ。自分は大学を出てから、長い就職難に悩んだ末、やつと知識階級失業救済事業と云ふのに救はれて、市役所清掃課の臨時雇になつたが、日給が僅か一円五十銭なのだ。月四回の日曜やずるけ休みを勘定すると、大抵三十円ばかりにしかならぬ、いや、その三十円も自分はどうも家計に繰入れる気がしないから不思議だ。自分の一ト月の収入がたつたこれだけだと考へれば考へるほど、何もならぬことに浪費して見たくなる。酒や女に徒費するにはそれだけの金額など瞬《またたく》く間だ。裕福な友だちに逢ふと、奢《おご》りたくなる。逢ふまでもなく、電話で呼出して奢ることもある。どうしてだか、自分ながら分らない。従つて、一家の経済はかつ子の月給で切り廻す結果になるので、今のところをやめさせるわけには行かない。彼女は実際はさうでもないのだが、見かけは非常に軟く肉感的なので、ああ云ふ店でけちな放蕩心を満足させてゐるサラリーマンの人気を得てゐる。マスターは正月から給料をあげてもいいと云つてゐるさうだ。尚更、職場を大切にしなければならない。そりや、彼女が男たちの好色的な視線にさらされてゐて、中には彼女目当に通ひつめてゐるのもゐるし、手紙をくれた
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