て、そんな遊蕩費《いうたうひ》を捻出して来るのだらうと、自分はのんきな彼が羨しくなつた。かつ子のお店と云ふのは、珈琲《コーヒー》店でも酒場でもないその中途を行つた茶房と称するもので、銀座で盛大に経営してゐた。茶房なんていやな名前だ。高い店なので、自分なぞは余り行けない。
 兄は大体が身綺麗にしたがる性質で、用もないから朝から湯で時間をつぶしていつまでも洗つた上に、肌に直接つけるものと来ては、垢の跡ひとつも容赦《ようしや》しなかつた。うるさく、洗濯をする母親を叱りつけ、衛生観念の薄弱さを罵《ののし》るのだ。手なぞも大袈裟に云へば乾く暇もない位、絶えず洗つてゐなければ気がすまない。ああした精神病者の特徴なんですかね。それがいよいよお洒落《しやれ》になつて、かつ子の化粧料から自分用のを盗み取つて、鏡に向つてゐると云ふ始末である。
「――いやにめかすぢやないか、それでかつ子の店へ出かけるのかね」
 彼女から注意のあつた後、自分は大人気もなくそんな皮肉を云つた。彼は狼狽して可哀さうであつた。赤くなつて、突然のやうに、俺は結婚したいと考へてゐる、と云ふのだ。
「――へえ、誰とだね、兄貴の女房になら
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