はきつと、頭が痛いと苦しがつて両手で顳※[#「需」+「頁」、P98−上段5]《こめかみ》を揉むのが例になつてゐる。莫迦《ばか》なことである。
 彼がかつ子に惚れてゐるのを自分が知つたのは最近だ。彼女の働いてゐる店へ度々現れるらしい。
「――よく云つて頂戴、のつそり入つて来て、かつ子さんここへいらつしやいと、まるで自分のものみたいに呼びつけて離さないんでせう、あんたは、清治に本当に惚れてゐますか、つてあの腐つた魚みたいな眼でのぞいて、本心を云つて下さい、もしかして、と思ひ入れよろしくあつて、僕は悩んでる、と吐息をつくのよ、他のお客さまの手前もあるし、もう来ないやうに云つて頂戴、来ちやいけませんて、私がづけづけ云ふと、僕を避けようとするあんたのその苦しい気持はよく分る、つてわけなのよ、笑ひも出来ないぢやないの、誰が一体お小遣をあげるのか知らないけど、お店ぢやそりやとても豪遊よ、見栄を張つて、高いものばかり取つて飲んだり食つたりしてゐるわ、お金なんぞ渡さないでよ」
 兄貴には外出の場合にもほんの煙草銭しか与へてゐなかつた。それも出来るだけ現品で渡すことにしてゐたのだが、彼は旧友たちの間を廻つ
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