色にあけて行く京都の町を、運転手はいちいち名所に立ち寄つて説明してくれた。自分は真面目な顔つきで、なるほど、なるほどと聞いてゐた。清水寺の下で、下りて参詣なさいませんか、と革の帽子をかぶつた彼は云つた。
「――いいんだよ、ここからでもよく分る」
自分は何かにてれて云つた。清水焼《きよみづやき》を売る陶器屋が寒さうに戸をあけてゐた。
「――こちらが帝大病院、こちらが三高です」
熊野神社から北へ入つて、彼がさう指さして説明した時、自分は、嵯峨野へ走つてくれ、と命じた。死んだ女の墓が、あの寺院内にあるにちがひないと気づいたのだ。
寺の門も屋根も霜に真白だ。本堂にも庫裡《くり》にも人影はない。自分は案内もなしに、づかづかと墓所へ入つて行つた。す枯れた雑草に、靴先は濡れて光つた。彼女の墓は、しかし、どれだか、数多くならんだ石碑のうちで判別出来なかつた。当惑して、外套のポケットに手を突込んで立つてゐると、急に咳きあげて来た。そして、そこの土の上に血痰を吐いて、思ひ切り踏みにじつた。……
「――肺病になつたら、わしらはどうするぞ」
母親は枕もとで愚痴つてうるさかつた。兄はとつくに、さうだと決
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