めて、彼一流の雄弁で自分に結核の薬を教へてくれた。新聞や雑誌に載つてゐる広告を丹念に切り抜いて来たのだ。これは何々博士だが、こちらは某博士だ。どちらがいいかは、自分の友人で帝大内科の医局にゐるのがゐるから、たづねて来てやらうと出かけて行つた。その前に彼はじつと考へてゐたが、こりやどうしても転地せにやならん、肺の療養地には、と指折り数へて名をあげたものだ。
「――こりや、どうしても転地して徹底的に治《なほ》さにや、他の者に伝染するからの」
彼は得々として論じてゐた。それはさうだらう。その余裕も彼はあると思つてゐるのだらう。
帰りの列車がつらかつたのだ。一昨々日と同じ特急で、京都東京間を、日帰りのやうに往復するのは、まるで大きな事業家のやうだと云ふ顔をしてゐた。が咽喉や肺の中がぢいぢいと虚《うつ》ろな音を立て、後頭部なぞは、他人のもののやうに無感覚になつてゐた。おまけに鼻汁ばかり流れ出て、汚ならしいつたらなかつた。自分は単なる風邪でなく、病気がいよいよいけなくなるのを、しいんと冴《さ》えかへつた心で自覚してゐた。家へついた時は、文字通り倒れるやうであつた。
「――どこをのんきに歩いてた
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