「――序だから、けふも休んぢまひなさい」
 親切さうに彼女は云ふのだが、自分は承知しなかつた。月末に貰ふ給料がそのままになつてゐる。それを受取つてけふはどうしても米を買ふ必要があるし、兄のをも含めての奨学資金の月賦償還が随分たまつてゐるのだが、うるさく集金郵便で来て仕方がないと老母が嘆いてゐたので、それも払つてやる。さう自分は豪語して、シャツをよけいに着込んで出かけた。かつ子は自分が貰ひに行くと云つたが、あれの店へ役所の連中もよく出かけるので、彼女を使ひに出すのは好もしくなかつた。額が汗ばみ、背すぢがぞくぞくとし、自分は無理をしてゐた。兄はああ云ふ風になるし、自分もまだ正規の職業につけないとなると、奨学資金なる投資は失敗だつたと見做《みな》すべきである、それを取立てるなんて、なぞと満員で臭い空気のつまつた省線電車の中で自分はれいによつてぶつぶつ憤慨してゐた。それでゐて、自分はさう云ふものはちやんと支払ひたいのだ。月末の払ひや家賃なぞがたまるのは、自分はたまらなくいやだ。何とも見栄張りたい小心なのである。
 役所では、昼飯時になると栗原が現れた。彼はいつもさう云ふ時間をめがけて来る。彼
前へ 次へ
全26ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
武田 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング