びしびしと叩きたかつたのだらう。へん、お生憎《あいにく》さまだ、と誰かに云はれてゐるやうな気もする。女は噂によると右下肢がひきつつて、一時|跛行《はかう》してゐたさうだが、それも劇薬の副作用だつたのにちがひない。京都へ再び来て、気障《きざ》つぽく云へば、あちらこちらの愛の古跡が自分の足をとどめさせてゐた。そして、この歳月のあとでは、やはり女の消息が知りたくなつてゐるのだ。変化する心は恐しい。自分は学生時代から友だちづきあひが悪くて、東京で今往来してゐるのは、転向出所後ぶらぶらしてゐる栗原位なもので、御無沙汰してゐた京都で、彼女のことを聞き出し得るやうな知人はゐなかつた。それで嵯峨の彼女の寺まで行つて私立探偵のやうに問合せて廻つた。最初養子を迎へたとのことで、一眼見て行きたいと望んだが、それは妹娘のまちがひであつた。姉の方は、とつくに死んでゐたんですよ。自分はさう知つた次の日に京都を去つてゐる。伯父はお役所が忙しいやろに、ほんまにすまなんだ、と繰返して感謝してゐた。お役所も何もない、臨時雇の自分なぞ、忙しかつたためしはないのだが、黙つてありがたがらせて置いた。人なみに青い事務セエードを頭
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