しさうに泣きはじめた。
「いけないね、秀ちやんは」と、おつねが二人の横に立つて、――「うちの子を苛《いぢ》めると承知しないから、さア、仲直りなさいよ」
おしげは板場へすつ込んで、泣けるだけ泣いてゐた、そつと、肩を叩くものがゐるので、濡れた頬もかまはずにあげると、旦那であつた、彼は、あとで可愛がつてやるから、子供みたいに泣くのはおよし、とえり首に手を廻した。
いや、と彼女はもぎ取るやうにした。袖で涙を拭いて、ぢつと立つてゐたが、役者のやうににこにこと表情を作つて見た、出来たと自信がつくと、それをマスクのやうにかけて出て、
「ごめんなさいね」と、丁寧に秀一にあやまつた。
「ごめんね、――返事してよ」
「うん」
――おしげは、さうだ、秀ちやんとお酉様へお詣りしようと思ひついた、豊太郎にも、おきよにも面当《つらあ》てになると考へた。
「かんばんまで遊んでるでしよ」
「うん――いいよ」
「それからね、仁王門の側で待つててくれない」
「――待つててもいいけど、なぜ」
「お酉さま」
「ああ、――今年は三の酉もあるんだね、不景気、火事多しか」
「いやなの」
「誰もいやと云ひやしない」
すつかり
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