一の酉
武田麟太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)櫛《くし》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)もう綺麗|薩張《さつぱ》り
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、底本のページと行数)
(例)ま[#「ま」に傍点]の悪さ
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帯と湯道具を片手に、細紐だけの姿で大鏡に向ひ、櫛《くし》をつかつてゐると、おきよが、ちよつと、しげちやん、あとで話があるんだけど、と云つた、――あらたまつた調子も妙だが、それよりは、平常は当のおしげをはじめ雇人だけではなく、実の妹のおとしや兄の女房のおつねにまでも、笑ひ顔一つ見せずつんとしてすまし込んでゐるのに、さう云ひながら、いかにも親しさうな眼つきでのぞき込んだのが不思議であつた。
「なにさ」――生れつき言葉づかひが悪くて客商売の店には向かぬとよくたしなめられるのだが、この時も相手が主人すぢの女にもかかはらず、おしげはぶつきら棒に云つた。
おきよは、もう男衆が流し場を磨き、湯桶を片づけはじめた中で、ゆつくり襟白粉をつけてゐる妹たちをちらと見て、さア、二人でさきに
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