けなくすると他のお客のテーブルへ行つた。
 それでもまた、お銚子を運ぶのにことよせて、秀一に話しかけてゐた。
「ねえ」と云つたが、何も云ふことはなかつた、――「雨はやんだか知ら」と、表へ飛び出して、あら、あがつちやつたと云つて、いけない、旦那との口約束があると思ひ出すのであつた。
「――いやに、しけ込んだね」
「憂欝なのさ」
「ふん、憂欝か、――君でもね」
「あんたなんか私のことを知らないよ」
 暫くすると、秀一は酔つて、癖で次第に青くなつてゐた、おしげは、その酔ひが今夜は彼女にも移つてきたやうに思はれた。
「もつと、お飲みよ」
「無理しないがいいわ、ぢやないのか、――飲むよ」
 お酌して、ねえ、とまた云つた。
「ねえ、――私、母あちやんて人はあばずれだと思ふわ」
 何を云ひ出すのかと、秀一は、あばずれか、とをかしがつた。
「――笑ひごとぢやなくつてよ、――秀ちやんなんか、母あちやんに凝《こ》つちや駄目よ」
 彼は、凝つちや駄目かね、と繰りかへした。
「本当よ」と、じれつたさうに、おしげは力を入れた、「だから――」
「だから、何だ」
「だから、さ、だからと云つたら――」
 おしげは口惜
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