れて縺《もつ》れてゐたものが解けかかつたやうにほつとした表情で、彼の側に寄つた。
「何が」
「何がつて――」と、彼女は困つて、尻下りのあまえた声を出した、――どうしたのとは、自分のことで自分に云つたのだと気づいたからであつた。
「――ほら、母あちやんがさ」
むつつりした秀一は、じろりとおしげを見た、――彼は先日、本当か嘘か酔つた拍子に、君の母あちやんに惚れたよ、と放言したことがあつた、何云つてんのよ、あんな年よりにと茶化しかかつたが、その時思ひかへして、それ冗談なんでしよ、と詰め寄せた、すると、真顔になつて、冗談ぢやないよ、と云ひ切り、おしげが、無理しないがいいわ、と云つても、次から次へと空の銚子を振つて催促したものだ。
後になつて、秀ちやんが新吉から母あちやんを奪つてくれれば、助かるだらうと夢のやうな願ひごとをしはじめてゐた、彼が「たむら」へ来るたびに、けふは母あちやんとどんな話をしたの、一しよに活動へ連れてつたげてよう、なぞと云つて、どれだけおはまと交渉を持つてゐるかを探らうとした。
「母あちやんだつて、秀ちやん好きよ、きつと、――私にはよく判るの」
「判るもんか」
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