「私が都合つけたげるから、外で逢つてもいいのよ」と、まで云つた。
おしげは、最後まで遂に、そんなことと笑つて、事実を告げなかつた。
「――まア、これはここだけの話、とにかく、私もその気だから、あんたもねえ」
もう一度念を押して、おいくらと、おきよは金を払ふのであつた。
おしげは、おきよに焚きつけられて、うかとすれば、そんな気にならないでもなかつたが、この姉娘に対するより深い反感がやつと堰《せき》になつてゐた。
四日はひるすぎから、またしても小雨になつた、もつとどしや降りに降つて了へばいいと、何やら決心のつかぬのが、それで決定されると頼みにした、雨が云ひわけになる、寂びしい花屋敷前が眼にうつるのだ。
宵の稍々《やや》手すきの頃、秀《しう》ちやんとみんなで親しく呼んでゐる青年が来た、おしげは、ああ、この人がゐたのを忘れてゐたと、すがりつきたい思ひがした。
彼は母親たちが間借りしてゐる足袋屋の息子であつた、私立大学を出て、別にすることもなく家業の手伝ひはほんの申しわけで、遊んでゐた、底抜けの酒飲みで、はじめると夜が明けるまで盃を放さなかつた。
「どうしたの」と、おしげは、むすぼ
前へ
次へ
全31ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
武田 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング