はおしげに気があつて、ならば「たむら」をよさせて、自分の店に引取りたがつてゐた、と云ふのは、おはまの表面的な穏かな云ひ方にすぎず、子供の頃から仲たがひしてゐる豊太郎と、おつねを争つて負けた後、未だ独身の彼は、露骨におしげを妾にと望んでゐたのだ。出入りしてゐる新吉がそれを安受け合ひして来たのであらうとは、おしげにも想像できた、――そして今日は東京劇場へ連れて行くと云ふので、彼はきつと御伴《おとも》させますと引き受け、前売切符を二枚用意してあると云ふ。
「後生だから、何とかしとくれよ――さうでないと、新吉さんの顔はまるつぶれぢやないか」
おはまは娘を掻き口説いた。
「勝手ぢやないの、そんなの私の知つたことぢやないわ」
取りつく島もなかつた、忙しいんだから、帰つてよ、とおしげはづけづけと云つた。
「考へてみなさいよ、――福ずしさんと遊びに行くからと云つて、うちの旦那に暇が貰へると思つて?」
雨は一層きつくなつた、その中を母親は帰つて行つたが彼女が困れば困るほどいい気味だと、おしげは痛快だつた、そのくせ、すぐあとから、また新吉に罵《ののし》られてゐるのではないかと心配になつて来た、いつも
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