た。
誰かに――と云ふことだけはおしげによく解つてゐた、母親と、義理の父と云ふのさへいやな、母親の近頃の連れあひ新吉とに対する意地からにちがひなかつた。
朝から秋雨が降つてゐた、奥で働いてゐる女中のおふぢに云はれて、裏口へ出て見ると、母親のおはまが傘のしづくを切りながら、立つてゐるのだ、またかとその要件は察したが、
「なアに」と、わざと不機嫌に云つた。
「けふ、お休みを貰へないかい」
「駄目、十五日ぢやないの、――それにゆうべからお神さんが品川へ帰つてるんだもの」
「困つたねえ、どうしたもんだらう」
大袈裟《おおげさ》に沈み込んで見せるのを、
「先月、病気して休んだんだから、当分ぬけられないわ、――用事はそれつきり?」
いかにも忙し気に、店を拭いてゐた雑巾を弄《もてあそ》んだ。
「――そこを何とか若旦那にお頼み出来ないだらうか」
「うるさいのねえ」
「――私はかまはないんだけど、新吉さんに恥をかかせるわけにはいかないからね」
おしげはむつとした、――自分の亭主を新吉さんなんてさん[#「さん」に傍点]づけにしてゐる、さう思ふと、どうせ、さうよ、母ちやんは私なんかより亭主の方が大
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