七の小娘はゐたたまらぬ感じで、うつむいてゐた、――見られたのかと思ふと、すべての非が自分にあるかのやうに、彼女らしくなく、おどおどした。
「――怒つてるんぢやないのよ、ほめたげる、と云つてはをかしいけど、まア、私の云ふ気持も解るだらう、義姉《ねえ》さんは少し増長してるから、うんと痛めつけてやりたいのよ、――ねえ」と、煽動しにかかつた。
「お砂糖入れるの、――早くお飲みよ、場合によつちや、兄さんを取りかへしたつていいんだから、しげちやん、その覚悟があつて」

     ○

 半月と少し前、おしげはあやまちを犯して了つたのだ、――生々しい記憶でありながら、まるで他人事のやうに茫然とした感じであつた、事実であることだけがはつきりしてゐて、その時の自分の性根や行動がいくら考へ直しても掴めなかつた、とんでもないことをしたとの後悔も自分の身体でなくなつたやうな生理的な不快さが残つてゐる間だけで、それが日を経て失くなると、何とも思はなくなつてゐた、その後悔も翌日になつてやつと胸に湧いて来たので、豊太郎の懐に飛び込んで行つたのは、誰かに復讐《ふくしう》するやうな、酸つぱくて哀しい感情に押されてであつ
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