た。
「起きあがらないと、入つて行くかも知れないよ。お起きなさいよ、――オートミールが冷えてしまふ――」
 フロラの烈しいノツクで彼は、漸く目を醒した。
「今、顔を洗つてゐるところなのさ。――五分間待つてお呉れな。」
「その猶予が惜しまれるのよ、だつて突然の事件が起つたんですもの。」
「…………」
「では扉《ドアー》越しに云ふわ――。グリツプが――ね。」
 とフロラは叫んだ。グリツプといふのは、あの唖鸚鵡の綽名である。「グリツプが今朝あたしの枕もとで、突然一つの言葉を発したのよ!」
 学生は慌てゝ身じまひをして、廊下へ飛び出した。そして、
「ほんとうなの! 何んな?」
 と、驚きの意味でフロラの両肩を握んで、
「それは、たしかに一事件に違ひないな!」
 と唸つた。
「…………」
 フロラは、何故かあかい顔をして学生の顔を見返してゐたが、切なさを辛《こら》へるぎごちなさを振り切るやうにして、
「あたしの部屋へ行かう――」
 と叫びながら、学生の部屋と反対側にある東向きの自分のアパートへ駈け込んだ。
 フロラの部屋の窓には爽々《すが/\》しい朝陽が綺麗に当つてゐた。グリツプは、窓台の上の籠
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