、是非とも無二の親友としてつき合つて呉れ。俺は、何だか君が、兄哥《あにき》のやうな気がして来た。」
さう云つて、しつかりと執つた兵野の手を決して離さうとしなかつた。
「……ぢや、これからもう一切寂しい/\なんていふ譫言《うわごと》を云ふのは止めにして――」
笛のやうな声で、あんなことばかりを繰り返されると、丘野も妙になりさうになつたので、
「元気好く飲もうぢやないか!」
と云つた。
「賛成だ――斯んな春らしい好い晩を、めそ/\してはゐられない。出よう――」
彼は勢ひ好く叫んだ。
あの、お君つて子は、とても感心な娘で、親爺とたつた二人であの店を経営してゐるんだが、近頃その親爺が病気になつて――。
外に出ると堀田は、居酒屋の内幕ばなしをはぢめたが、お君のことに移ると、吐息をのんで、
「僕は、他に野心もなにもないのだが、あの家の為には出来るだけのことを仕度いと思つてゐるのさ。貧乏といふよりも僕は、あの父子《おやこ》の世にも稀な純情に打たれてゐるんだ。世が世なら僕は盗棒を働いてゞも……」
堀田は兵野の肩に凭りかゝつて、夜更けの町を歩きながら、そんな話をした。
「盗棒と云へばね……」
と彼はつゞけた。――「僕は一度で好いから、何うかして監獄といふところへ入つて見たいと思ふんだがね。何処に居たつて何うせ君、この人生は寂しくてやりきれないんなら、いつそ監獄に囚はれたら、寧ろどつしりとした落莫の底に落着きを見出せて、屹度得るところがあらうと思ふんだ。僕は、そこで一篇の詩をつくりたい……」
「君は詩をつくつてゐるの?」
「詩人なんだ、僕は――」
堀田は亢奮の声をあげて、
「牢屋へ行きたい、牢屋へ行きたい――」
などゝ叫んだ。
兵野は吃驚りして、慌てゝ堀田の口腔《くち》を塞いだ。
もう町は一帯に寝沈まつて、霧が深く閉してゐた。
「もう何処まで行つたつて、起きてゐさうな店なんてなさゝうぢやないか、別れるとしようか。」
兵野は、少々白々しくなつて、ためらひだすと、
「なアに、これから僕の住家《うち》まで行つて、明方まで飲むんだ。」
堀田は、しつかりと伴れの腕をおさへたまゝ車《タクシー》を呼び止めた。
兵野は、車に乗るといち時に酔が発して、うとうとゝしたので、車が何処を何う走つて、何処で降りたかもうろ覚えであつたが、醒めて見ると、小机を前にして盃を執つてゐる堀田
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