「おや、ぢや今は留守かしら?」
「此方に? それあ、だつて普段は東京――。東京では務めに出てゐるとは云つてゐるが?」
「…………」
「大変なお酒飲みになつたといふ話だが?」
「…………」
「あの子は理科だつたね。」
「えゝ、僕よりも一年先きに大学のそれを出てゐる。」
「さうかと思ふと、斯うしては居られない、斯んな風に愚図々々と遊んでゐたひには……」
「…………」
「とう/\屋敷も取られちやつたよ、なんて笑つてはゐるが。」
「とう/\!」と私は、思はず眼を丸くして口真似した。そして、口のうちで意久地なく呟いだ。「チヨツ、何処まで俺に好く似てゐるんだらう!」
 ――質問した私が、あべこべに説明者の位置に立せられて答案した、凧の極く大ざつぱな構造をその儘私は此処で述べるつもりだつたのが、その時もさうだつた通りまた私は余計な感情に走つて無駄な努力を込め過ぎてしまつたらしい。青野に関する母と私の会話は永々と続いたのであるが緒口だけで絶つて置かう。
 別の晩であつた。ふとしたことから母と私はあの凧に関する思ひ出噺に新しく花を咲かせた。夜か十二時に近くなる頃から私は、突然凧の熱心な研究家に変つた。手
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