意匠のまゝであげてゐるんだが――」と母は、私の肩に手をかけながら祖母に話しかけてゐた。
「それでもあの方が反つて毎年の手入れは厄介なんだつて。その代り凧としては一年増に具合は好くなるばかりです。あそこでは張り合ひなんぞは一度だつてしたことはないが、釣合ひの好い、出来る限り上りの好い凧にするやうに究めるのが、おぢいさんの望みだつたんだよ。」
私は、青野の悴のFと一処に見物してゐたのだが、他所のやうに花々しくはないが知り合ひの家がさういふ勝れた凧の持主であるといふだけでも何となく肩身の広い思ひがあつた。
「青野でも今ではFさんと妹と二人ぎりになつたので、二人とも主に東京に住んでゐるさうだがお前は会つたことがあるの、向方で?」
つい、此間の晩母と私は、月を仰いで夕涼みをしながら斯んな会話をやりとりした。
「お前が居なくつても家には時々来るよ。」
「さう……」
「だけど何時でも云ふことが違つてゐるので何だか案ぜられてならない!」
「どんな風に?」
「田舎に引き籠つてもう暫らく研究をするんだと云つたかと思へば、突然その翌日来ると一ト月ばかりの予定で東北の旅行に行つて来るといふいとま乞ひ!」
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