オーーツ」と鳴らした。
「爺やと話すんなら、あんたもこれで云はなければならないのよ。だけど、これを使つたつて言葉は通じないのよ。たゞ合図だけのことよ。私達の間には、いつの間にか十通りばかりの合図の種類が出来てしまつて、それで一通りの用事は足りてゐる。あれは、字は何も知らない。」
私は、頭をかゝえてドンと椅子に落ちた。
オーツといふのが呼声の代りだと見えて、間もなく源爺は直ぐ隣室から現れて冬子の傍に来ると、昔のまゝな円満な微笑を湛えて、主人の足もとに坐つてゐた。
「お前は達者で好かつたね。何よりも先に、僕はお前に訊ねたいことがあるんだよ。お前ならば屹度知つてゐるんだ。」
私は、懐しさの情に溢れて、冬子の云つたことなどは忘れて、思はずしつかりと彼の手を握ると、烈しく打ち振つた。
「駄目よ、何と云つたつて。」と冬子は、寂しく笑ひながら徒らにメガホンを私に渡した。源爺は、にこ/\と笑ひながら、自分で持つて来た盃をとり出して、有りがたさうにいち/\戴きながら傾けてゐた。向方で独りで今頃まで晩酌をしてゐたらしい私達のとは別な酒を其処に運んで楽しさうに飲んでゐた。
「もう一度若しそれを吹くと、
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