此方からはなるべく訪れないやうにしてゐる、今では他人と言葉を交へるやうな日は滅多にない、源爺やだけが昔ながらにたつた一人残つてゐる、そして妾達の世話をしてゐて呉れる、それは――と彼女が、続けやうとした時に、私は突然膝を打つて歓喜の声を挙げた。
「源爺やが居る! そんなら僕は今直ぐに訊きたいことがあるんだ!」
冬子は、私の様子には気附かないやうに言葉を続けてゐた。「妾達は、爺やに給料を払ふどころかあべこべに、世話になつてゐる、この家だつて……」
「起したつて好いだらう、何処に寝てゐるの? 僕は会ひたい!」
この家だつて彼の出費で建築されたんだ、ひよつとすると彼は少しばかりの財産を妾達に譲らうとしてゐるらしいが……などといふことを冬子は続けてゐたが、今にも私が部屋から飛び出さうとした時に、彼女は静かに私をおしとゞめた。「会つたつて駄目よ。あれも頭が妙になつてゐて妾と兄さんの顔だけしか覚えてゐないのよ。そして、酷い聾者になつてゐるの。」
さう云つて彼女は、私も時々それに眼をつけて何に用ひるものなんだらうか? と思つたが、訊ねる隙もなかつた手製らしいメガホンを取りあげると、扉をあけて、「
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