終始変りのない眼ばたきの少い眼を、ゆつたりと視張つてゐるばかりだつた。
「僕こそ、あの肖像画が欲しかつたんだがな――」
 私達は、別々な想ひに煙つたまゝ対坐してゐるのだ。彼女が呟く言葉は自身に取つては末梢的なものに過ぎないやうだつた。――たゞ、顔を見合せてゐるばかりだつた。
「売る奴も馬鹿なんだけれど、もう半分自暴にもなつてゐるらしい、兄さんは――」
 彼女は、近頃の青野の愚かし気な動静を語つたり、また彼等兄妹が旧知の人々から如何な風に取り扱はれてゐるかといふことも告げた。気狂ひ兄妹だと云つて、誰もが相手にしなくなつてゐる……。
「考へるまでもなく、それも無理はないんだけれどね……。あんた知つてゐるわね、妾は子供の時分からの癇性で髪の毛を長くしてはゐられない、子供の時の儘で、ずつと斯う断つてゐるのを? こんなことまで今更、気狂ひの附け足しにして何とか云ふのよ。」
「この間うちそんな風な頭がはやつてゐたらしいが――」
「どうだか知らない。」……正当な交際を続けてゐるのは私の母より他になくなつたが、此頃では如何かすると何処か母の態度にも此方を病人扱ひにしてゐるやうなところも窺はれる、だから
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