売つてしまつたわよ、無理におしつけて、叔父さんに。」
「叔父さんに※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
「学生時分に妾が行つてゐたことがあるでせう、英語の勉強とかに……横浜の――。此頃、外交官になつて、変な国に行つてゐる。」
「俺、俺……僕は、知らない、そんな叔父さんなんか! あゝ、それは、ほんとに……」
「兄弟の肖像だから買つたといふわけぢやないんだわ、屹度! あの見得坊が、あんな変梃な姿の絵なんぞを若し人にでも訊かれて、ハイこれは私の兄であります、なんて吹聴出来る筈はない、吾々の故郷では当時斯様な姿をしてゐたものです、それ位ひの愛嬌で、ほんの標本にされてゐるだけなんだ。」
「…………」反抗心をそゝられて私は、屹つと唇を噛んだ。
「ハヽヽヽヽ、さう思ふと、一寸と気の毒な気もする。あの保守的な親父が変な国の応接間かなんかの曝し物になつてゐるかと思ふと――」
「……君の、ものゝ云ひ振りの方が寧ろ怪しからんよ。」
「チエツ!」と冬子は、鋭く舌を鳴した。私は、ギヨツとして彼女の顔を見直したが、其処には、私の存在の気合もなかつた。彼女が何に向つて舌を鳴したのか私には、計り知れなかつた。彼女は、
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