色もなく、寧ろ寂し気な気合さへ感じられたり、その上私は彼女に安らかな依頼心が起きて、変な夢心地に陥ちてしまふのであつた。――戛々《かつ/\》と鳴る蹄の音を、私は和やかな自分の鼓動のやうに感じながら、もう殆んど暮れかゝつてゐる野路を駈けてゐた。行きがけと違つて自分も一個の騎手になつてゐるかのやうな面白さに打たれ、背後に冬子が居ることも忘れて、有頂天で手綱を振つた。
「お父さんは何時々分《いつじぶん》から競馬に凝り出したんだらう。死ぬまで妾達は気が附かなかつたが、馬の為だけでもあらまし吾家の財産は借金に代つてゐたらしいのよ」
「…………」
凧以来であることを私は伝へ聞いたことがある。今私の胸には、あの主人が凧を追ひかけて行つた時の二つの炎《も》えた眼だけが烙印になつて残つてゐるのだ。私は、主人の肖像画の後を追ひかけてゐた。
「馬鹿々々しい熱情家さ。何かしら変な目的を拵えて、それに夢中になつて、慌てゝ死んだやうなものね。……癪に触つたから妾、肖像画も懸け換へてしまつたのよ。」
「あの肖像画を見せてお呉れ!」
「厭アよ、そんな大きな声を出して!」
「何処に蔵《しま》つてあるの?」
「兄さんが
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