と、はつきりと呟いた。
「それを追ひかけて、私も鬼になつて追ひかけて来たら――ちやんと、お前は、この箱に戻つて――私の来るのを待つてゐたぢやないか!」
 滝尾は、絶え間なく脳裏にゆらいでゐる人形の幻を追つて来たのであるから、人形が生きて現にものを呼びかけても、さつぱり驚きもしなかつた。
「踊りの姿が、未だありありと私の眼の先へのこつてゐるよ――琴路さん。」
「妾――よ、雪江よ――もつと、はつきりと眼を開いて、妾の顔を見直して頂戴な――」
 滝尾の腕の中で、雪江が眼ばたきを浮べてゐた。
「見直して――そして、もう一辺、あの鬼の科白で妾を讚めて御覧よ――」
「これより熱心に――視詰めることは出来ないのだが……」
「ぢや、もつと力一杯抱いて――たゞ、いたづらのつもりで人形に化けて、ピグマリオニストを悸してやらうと思つてゐたら、とうとう妾が手もなく負けてしまつたのかしら――斯んなに云つても未だお前の眼つきは、妾が生きた人形と思つてゐるらしい!」
 笑ひながら雪江は呟いてゐたかと思ふと、急に男の胸に顔をおしつけて、しく/\と泣き出した。――母家の方からは賑やかな囃子の音や人々の打ち騒ぐ声が微か
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