であつた。縁端によろめき出て昏倒した若侍は加茂であつた。
「さあ、これで一段落でござります故、今度は一つ皆さんの西洋流のダンスなり何なりと御自由なところを――」
鬼達に抱へられた舞姫が楽屋に去ると村長が、いんぎんな態度で池部にお辞儀をした後に、此方の学生達に、無礼講をすゝめてゐた。
その頃ほひに滝尾は、そつと座を立つて、ふらふらと怪しげな脚どりで蔵の階段を昇つてゐた。雪洞を翳して、しどけない格構で段々を昇つて行く迂参な若侍であつた。彼は、人形の箱の前に来ると二つの行灯に火を点じた。
もう殆んど生体《しやうたい》もなく酔つてゐると見へて一挙動/\が、夥しくテンポの鈍い注意深さに囚はれてゐる見たいであつたが、箱の蓋は先程《さつき》から開け放しになつてゐるのも承知であつたらしく、手にしてゐる雪洞を人形の顔に面明りにして覗き込むと重々しい声で唸り出した。「お前の今宵の艶やかさは――その眉は、星月夜の空に飛んだ流れ星のやうな風韻を含んでゐる。その眉の下にうつとりと見開いてゐる瞳は神潭《しんたん》の雫《つゆ》を宿して、虹の影が瞬いてゐる。」
彼は、顔と顔とをすれすれにして、また一歩を退いて
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