ちつとも目を醒さないのよ――でもね、隆ちやん見たいに寝像の悪い人とは違つて……」
「何だい、また俺か――面白くもない。」
「……ちやんと行儀好く、上向《あおむ》けになつて、すや/\と眠つてゐるんだけれど、妾、その顔を暫く見てゐたら何となく気の毒になつてしまつて、そうツと出て来ちやつたけれど、――皆なの余り真ツ黒な顔ばかり見つけてゐるせいかしら、酷く、滝尾さんの顔色が蒼く見へたわ、それに、とても頬なんてこけたぢやないの!」
「徹夜の祟りなんだらう――勉強も好い加減にすると好いんだがな!」
 池部は不安さうに呟いた。滝尾は池部と同じ年に文科を出た池部の一番親しい友達だつた。神経衰弱の療養のために春頃から池部の家に滞在してゐたが、池部の土蔵に封建時代の様々な記録が残つてゐるといふことを聞くと彼は雀踊《こをど》りして、以来それらの書類の渉漁に寧日ない有様だつた。
「一体、ものに熱中しはじめるとあいつと来たら途方もない耽溺家になつてしまつて自分ながら自分を何う制御して好いか解らなくなつてしまふといふモノマニアなんで……」
「その熱情の百分ノ一でもが俺なんてに恵まれてゐたら宜《よ》かつたらうがな。
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